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竹田和平翁のネットから


昨年の4月知人の紹介で名古屋に行き、

個人投資家日本ナンバー1の竹田和平さんと会う。
和平さんは、インターネットを使って日本の覚醒を目指す数少ない世直しをする方であった。
いろいろなことで共感共鳴したので、
会員となった後ネット上の講師の一人となった。

講師といってもなんら具体的な活動をしていないので、
そのかわり日記という形で和平さんが主催する
貯徳ありがとうネット上に文章を記載させていただいた。

平成23年1月1日に私のHPができたので、
まずその文章を転載することにした。その数42件となっていた。
以下日にちと時間とタイトルをここに書き上げる。

6月04日 16:21 和平百尊館の写真(麒麟)について

6月09日 11:24 自殺者の救済

6月10日 21:56 神道教室の話(成仏法の実践)

6月10日 22:14 病本来なしの話

6月10日 22:42 不浄霊の浄化で元気になった話

6月11日 23:17 水なしの神道教室(開け行く次元)

6月12日 20:21 クローン病のお話

6月13日 22:30 龍神さまのミタマ移し

6月16日 23:17 出船

6月22日 22:13 朝日新聞6月21日の記事から

6月22日 23:18 気、気にあらず。石、石にあらず。

7月09日 21:11 テラヘルツ波とガン細胞

7月10日 13:51 幕末の参議院選挙

7月12日 17:18 幕末の参議院選挙2

7月13日 01:32 幕末の参議院選挙3

7月14日 15:36 雨天の滝行とビルの浄化

7月14日 16:00 7月22日は楽しみの日

7月20日 13:02 祇園祭宵山

7月28日 15:01 百尊宮・富士山・三十八神社の磐座

7月28日 15:41 御嶽山の滝行

8月05日 14:56 鶯鳴く8月

9月05日 16:16 菅・小沢両氏の支柱推命からみた首相の器

10月06日 15:26 菅内閣とは

10月08日 20:19 神様の道神道行法と磯上神社の鎮魂法

10月29日 16:21 尖閣事件

11月02日 13:13 平城京大極殿

11月05日 15:51 尖閣問題2

11月09日 15:56 尖閣問題3

11月11日 14:33 樫原神宮の参拝

11月12日 18:34 自殺願望者1

11月13日 13:07 自殺願望者2

11月14日 13:38 自殺願望者3

11月14日 15:39 相楽郡の相楽ふるさと塾

11月14日 17:59 神職養成研修会

11月26日 13:24 天耳通が開けつつある女性

11月26日 14:22 宇宙戦艦ヤマト

11月26日 15:58 徳島の叔父に会う

11月27日 14:47 日米安全保障条約

11月27日 10:29 大和塾と三十八神社

12月04日 14:02 三十八神社参拝

12月05日 13:55 ガンと戦う看護師

12月06日 13:11 3日前の夢の話

 

22年度の日記から

2011年1月 1日 (18:28) 

竹田和平さんのお誘を受けました。
写真と手紙見られたことと存じます。また、

4月15日に奈美さんの紹介で今生も和平さんと
ご縁を頂きましたこと大変嬉しく思います。
 
 今生もよろしくご指導をお願い申し上げます。

4月15日に初めて和平館に行き、和平さんのお話を聞かせて頂いた後、
館を見学致しました。すべて、命の躍動を強く強く思えるものばかりでした。

 入り口正面の古事記の説明にびっくり感動を覚えました。
書体に心を打たれました。
次に大黒さまの像のところで写真を撮らせていただきました。
 その近くにある麒麟の姿を見た時、ぐっと胸にくるものがありました。

私の弟子と本人が語る川原さんに写真を撮ってもらいました。

 まずは、麒麟さんと私。次は麒麟さんだけの写真。後、
彼からその写真が贈られてきました。見ると変な光が写っていました。
直ぐサ二ワしたところ「麒麟さんのひかりだ」ということでした。

 私も麒麟神の神光(架空の動物と言われている。中国では)
を見るのは始めてですから、
神界に麒麟さんが本当にいるのかどうか再度お尋ねいたしましたところ、
神界にはちゃんと実在するということでした。

 麒麟とは月神界の神様らしいです。
 昨日、彼女が自宅に来ました。

なんとなくその写真を見せるとこう語り、
身振り、手振りで示しました。

 「光の形そのものが麒麟の姿になってるよ。このような形です」

 私が写真を見てもわかりませんでした。
あとから詳しく聞くと、曲がっている光が麒麟の両足だそうです。
その上に、胴体も顔も角も見えるそうです。
和平館は本当に素晴らしい。 

伊勢神宮に匹敵する波動の世界が展開されております。
心は喜びに満ちておりました。
 
私の祖父は念仏者で命日を予言し、そのとおりに亡くなりました。

阿波水軍の故里(故後藤田正晴氏が育った橘湾に面する)
の毛蔵寺にて昭和28年3月のお葬式です。

 遺言は「わしが死んだら米を一表ついてもち投げをしてくれ」
ということでした。じいさんは、いろいろな仕事と株で相当な財を築き、
一時は、徳島県の長者番付けにも載りました。
しかし、財は全て、お寺と神社へ寄進しました。
儲けた以上のものを寄進するので、家の者が心配しました。

爺さん曰く。
「阿弥陀さまが助けてくださるから、何にも心配することはない・・・」

爺さんに似ておられる和平さん、
よろしくお願い申し上げます。