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お念仏の目的

2月の初めに仏教大学OB部の会報が届いた。
第25号である。第1ページには伝道部の後輩の小林上人が、
「二つの所帰」というタイトルでお念仏についての所感を書かれていた。

その文章の意図するところは、浄土宗のお念仏の所帰(帰る所即ち故里)は
本願成就の報身阿弥陀仏(お念仏の実践者)でなければならない。

しかし、お念仏者の行く先は、極楽浄土であるという考え方が右手にあり、
もう一方の左方では光明会、真生同盟、一味会の説く処の所帰は、
報身仏ではなくて法身仏であると位置づける。

だからお念仏の目的(光明会など)は、人格完成即ち
「覚醒」「向上」「進歩」による人格完成の実践行こそがお念仏であるという考え方である。
最近では浄土宗の最も大切な伝法である五重相伝において、
次のように説かれる浄土宗の重鎮であるお坊さんもいるという。

「南無阿弥陀仏と申すと極楽へ行けると言ったところで、極楽という所があるのではない。
自分の生まれてきた訳が全うされる所を極楽というのだから極楽は自分の極楽しかない」
と説かれるならば、来迎引接や俱会一処を心の支えにしていた浄土宗の檀信徒は、
愕然として絶望するのである。

初学の浄土宗布教師は、この2つの阿弥陀仏の混在に迷い、
悩み、辟易するのであり、かっての小林上人がそうであったという。

今、法然上人が命がけで本願念仏を申しくだされた
御恩に本当に報いるとはなんであろうか」と文章を締め括られている。

私は、仏教大学1回生の時には、大学の中にある知恩寮で生活し、
2回生の時には、洛西の光明修道院(光明会の道場)に1年間ではあるが、
お世話になったことがある。

そこでは、4.5名の学生が住んでいて、常にお念仏が実践されていた。
その道場も今はなく、浄土真宗のお寺に生まれかわっている。
その場所はかっては聖地といわれ、
京都市内で医者をされていた故恒村夏山先生が建立されたお念仏の道場である。

先生は、山崎弁栄上人を尊敬されていた。
あるとき夢の中に弥陀三尊が現れ、「汝この地に念仏道場を建てよ」
という啓示により、探しに探して「夢に見た同じ場所」を見つけられた。
そこが光明修道院である。
終戦後、数学者の岡潔博士はこの道場でお念仏によって救われ、
その体験をもとにして「一葉舟」などの著書を書かれた。

浄土宗のお念仏は、極楽往生の念仏信仰である。
凡夫(人間)がお念仏を通して肉体の死後その意識魂が極楽に往生するのである。

現世そのものが修行の道場である。
人間の根元的な救いは、お念仏を申して極楽に往生することにあり、
この報身阿弥陀仏の救いにより念仏者は浄土往生するのである。
これが、お念仏者の大きな眼目であり、実践目標だ。

この信仰を貫いたのが、私の父方の祖父の
「源吉」じいさんと曾祖父の「萬平」じいさんであった.

この二人は親子であり、晩年はいつどこでもお念仏申し、
臨終には阿弥陀仏のお迎えがあり、その前から、死ぬ日もわかり葬式の時には、
じいさんの遺言通りに、お寺の境内(徳島県阿南市の浄土宗毛蔵寺)
でモチ投げもし、みごとに極楽往生された。

そこには人格の完成を目指してお念仏をするのではなく、
お念仏と同時に念仏者の覚醒、向上、進歩が即啄同時的に起こるのである。
その結果、実際に極楽へ往生するという念仏信仰者の往生が示されるのである。

極楽は、今ここにあり、また自分の肉体を離れた遠い遠い世界にも存在する。
即ち「内と外」に同時に存在することになる。
お念仏を申すとそれが本当であるという実感が生まれるという。

法然上人のご臨終の前には、ご自身は、
「お釈迦さんの弟子の舎利弗の生まれ変わりである」ということを
弟子の鎮西上人に語ったといわれている。
やはり自己の過去世を見通す智慧即ち宿命通が開けていたのでありましょう。

宿命通が開ければ、過去世が向こうサイドから展開され、自分自身が、
「どこから、どの世界から生まれてきたのか」が自然発生的にわかるようになる。

お念仏を申すことによって、宿命通も自動的に開かれ、自己の存在意義、
(神道でいうミコトモチ)もわかってくるのであろう。
いかにお念仏が素晴らしいか。
実践した人のみがわかる世界である。

2011年3月27日