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木、木にあらず。石、石にあらず。

パソコンを打ちすぎたせいか、起きると目が痛い。気分も悪い。
普段しない事をするからだ。自業自得だ。

気分の癒しで、宇治・和束・湯船にある「道の駅」にいって、
店主のおじいちゃん、おばあちゃんと話して、ヨモギモチを買う。

宇治の奥山田小学校勤務の時の通り道にある道の駅だ。
二人と話すと、いつも新鮮な風が吹く。


一時間話し、店から出る時、おじいちゃんに聞かれた。


『先生、そこにある木何か感じへん」
「この木、どうかしたの。調べてみる?」

意識統一

「この木は、ほったらあかん木、焼いてもあかんと言っている
どんな木、何処から持ってきたの?」

「近所の人が、これもらっときといって置いて行った木、
上の神社の神木がな、台風でな、折れて、その一部」

「家にもっていってもいい。どんなん」
「聞いたるわ?」

意識統一

「家に持っていったらあかん、ここで祀れといっとるわ。
おばあちゃんここで祀るか。」

「うん、祀るわ。お店の何処がいいの」
「まっとき、また、聞いたるわ?」

意識統一

「一番奥の部屋がいい。そう、その棚の上がいいなあ」
「ありがとう、前から気になとったのよ、お爺ちゃんがよく聞いてくれたわ」

「お婆ちゃん、この木は、神木のわかれ、大事にしいや。神様の分身。
お婆ちゃんが、毎日、ここの神様に手を合わせとるやろ。だからきたんや。
しっかり祀ったら、いいことあるよ。・・・」

帰る時に一個百円のヨモギモチをたくさん頂いた。

この夫婦はいつも神様に手を合わし、信仰深き人だ。
神様も相手を選ぶのである。

お店の道一つ隔てた高台が産土神社である。
本願神社という。
ここにくれば、何か知らないが、いいことが起きた。

木、木にあらず、そこに異次元からエネルギーがくれば、
それは、生き物になるという事を、

老夫婦から学んだ日と時であった。

平成22年6月22日。
平成22年7月22日こんな日は、いい事が起こる
学びの日である。

自然さん、地球さんありがとう