この件は、大きな事件であり、かつ、今の政府が、
国家観のない政府であると、断定できる事件であった。
稲田議員の質問に対して、政治が、介入していないと、
言い切った仙谷さんがいた。
交通事故を起こした犯人を、捕まえたという、類の問題ではない。
捕まえた限りは、捕まえた責任において、それは、国家間の外交問題となるのは、
火を見るより明らかなものである。
なぜ彼は、そういう国会答弁をしたのであろうか。
週刊誌、新聞、テレビ、など、影の総理として、仙谷さんを取り上げ、
彼の発言には、この国を、どういう国にしたいのかという、
国家観があまり見られない、その理由はなにかと追及した。
左翼思想の持ち主からは、その国の国体観、歴史観などは、
語れないのが水が低きに流れるごとく、当たり前のことである。
自分の家の庭先に置いてある車(尖閣)に、他人の車(中国)が衝突した。
犯人を捕まえたが、何処からかしら、横やりが入り、起訴もせずに、
解き放した。こういうことが、あっていいのか。わるいのか。
これは、2国間の外交案件なのに、なぜ、その判断を、検察に任せたという
振りをする、その背景から、何が出てくるのであろうか。
かって、50年前、私が10歳ぐらいの時、母の、いとこの、御主人が
漁船に乗り、東シナ海で操業中、李ショウバンラインの中に入り、
韓国の巡視艇に狙撃されて、
乗組員の多くが亡くなった事件があった。
子ども心に、何かしら、焼きついたものがあった。
わずかの、保証金をもらい二人の女の子を育て上げ、今、大阪で暮らしている。
また、私のいとこ(母方)が、2隻の底引き網で、操業中(東シナ海)に、
突然、嵐でもないのに、片方の船が沈んでいった。
沈んだ船の船長が従兄弟であった。
川崎清のいとこは、家の柱であった。
これは、12歳の時の出来事である。
原因は、潜水艦事故である。
政府は、自己の真相を言わなかった。
おかしい、おかしいと当時は思った。風もないのに、片方の船が残り、
他方の船が沈んでいったのか。
この理由が分かったのは、還暦祝いの時に、船の事故に係る保険
の仕事をしている友達Mから聞かされた。
「清さんが亡くなったのは、潜水艦事故であった」と・・・・・・
これが、権力者のやり方だ。真相を明らかにしない。
自己の不利になるからだ。
相手の領土を犯すということは、命のやり取りに係ることだ。
そういうことを、相手に厳しく教えることこそ、
戦略的互恵関係だということを、
誰かは、日本の未来のために行動と言動で示すことだ。
愛国心とは、地球上に、一つしかない自己の命を生んでくれた、父、母
、その家系、その国を愛すること。愛することとは、
自己の命の天命を知ること、天命を知るとは、
天職を知り、自他の命の進化のために、
龍馬のごとく、おうおうしく、
生れてきた責任(設計図)を果たすこと。
責任を果たすとは、この世に、
肉体を持って生まれた意味と目的を知り、
自己の霊性、神性の進化と家系と地球の進化に深く貢献することなどなど。
これらのことが解りだすと、自殺などばからしくて出来なくなる。
「人身受け難し、今、既に受く」の実行だ。
このような発想とエネルギーは、左翼思想からは、けっして生れてこない。
せいぜい、マルクス止まりである。正義と真理の追求ならそれもそれでいい。
左から入り、意識を、人間から、宇宙に向けるといい。
進化する。そのための、政治(まつりごと)であり、
経済であり、教育である。