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相楽ふるさと塾

昨日、「恭仁京の歴史と文化」という題で京都産業大学文学部教授
井上満郎氏の講演が地元の相楽会館であった。

私もふるさと塾の一員であるので参加した。
約2000年前のお金(化泉)が丹波の久美浜町でみつかった。
その丹後から琵琶湖へ相楽の地へと高句麗の狛族が移動し、
その住み着いた場所が相楽である。ゆえに相楽には古代進んだ文明が展開したという。


710年に平城京遷都、その時代は奈良の都では、藤原不比等・ 長屋王・ 
藤原四子・ 橘諸兄・ 藤原仲麻呂・ 道鏡という順で政治権力が移行したという。

その時代は、AD.702年から770年の間である。


万葉集歌 安積皇子が殺されたとき大友家持のくやし涙を流しながら作る歌6首

「 かけまくも あやに恐し 言はまくも ゆゆしきかも我が大君 皇子の命
 万代に めしたまわまし 大日本 久邇の都は うちなびく・・・・・」

よく安積皇子の古墳をみながら和束町を通って、
宇治に抜ける道即ち宇治山田小学校に通っていたことがある。
その時は、安積皇子のことは、全く知らなかった。

奈良時代は大変クーデターノ多かった時代であるという。
いろいろな皇子が内紛のため亡くなったらしい。

明瞭な説明で約2時間半の井上先生の講演が終わった後、
質問の時間で8人の人が質問した。私もその一人である。

私の質問 

「三十八神社宮司の東と申します。三十八神社は恭仁京の
南にあります。柿で有名な鹿背山の東に位置します。朝鮮の三国記、
三国史記の時代に大変興味があるのでよくその時代のDVDを見ています。

その中に藤原鎌足は、百済王朝の高級官僚のガンダルであると断定していますが、
これは本当でしょうか どうでしょうか。」


井上先生 「660年に百済が滅びその役人がたくさん奈良に来て
官僚になったとの記録がありますが、
藤原鎌足が韓国人であるとの記録は一切ありません・・・・・・・・」


質問時間が終り解散となる。
あと一つ聞きたいことがあったので、
名刺を持って先生のところへ行き、名刺交換をする。

先生 
「あなたとはどこかで会った気がしますが・・・・・・・」と言われた。

私はあることを思った。


立ち話で私は伺った。「藤原4家の房前は、阿波の国の忌部一族から
養子にはいったという説を唱えるかたがおられます。
その人は後藤田正純さんの叔母さんで徳島(徳島新聞に記載される。
2年前に、何冊目かの出版記念があり数名の国会議員も参加される。
小説を書いている[後藤田みどり]さんといいます。
この件に関して先生なにか知っていることがあればお教えください。」

先生いわく 「この件は調べておきます。
忌部一族は中臣の一族に関係ありますから・・・・・
そういうことがあったのかも知れませんが・・・・・・・」


今日本は、国土だけではなくてあらゆる分野から狙われている。
まさか娯楽番組の三国記の中において、藤原鎌足が百済の高官のガンダムである
とはまあぬけぬけと番組を制作するのだと。

歴史の改ざん隠ぺいが、日本人の知らない間に娯楽番組まで登場するとは
あいた口がふさがらない。

我々、日本人は、目を覚まして、平和ぼけから、立ち上がり、
アメリカの洗脳(アメリカにかけられた日本弱体化)を、打ち破らなければ、ならない。


その意味で反面教師として仙谷議員が丸山議員に語ったという
「日本はすでに属国である」ということばは、正しいのではないか・・・・・・


自国の大地に、他の国が、自国を守るという理由で、他国の軍隊を起き、
自国が、その費用(数兆円の血税)を、支払っているという、
そのような自国(ニッポン)がはたして
独立国といえるだろうか。このようなことは、

小学校6年生にもわかることである。憲法にも大きな疑問がある。

司馬遼太郎氏の遺言といえる「このままでは日本は必ず潰れる」は、
はたして実現するのであろうか。

日本人はどこへ行くのであろうか。
ユダヤ民族のように流されるのであろうか。