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平城京遷都1300年祭2・3

11月7日平城京遷都1300年祭が終了した。
元宝塚の安蘭ケイが来て奈良の都の新しい歌を歌っていた。

一週間に3回平城京に行った。
一回目は前に書いた通り その中で私の
過去世の一つは淳仁天皇に関係のある人物だと書いたが、

淳仁天皇その人ではない。


一回目の参加11月1日にまほろばホールで詩吟大会があり、
私の先生(神心流)がその中にでるから、見に行ったことがきっかけとなる。


その結果いろいろな人とご縁ができた。
その中にチベットの仏具を売っているネパール館の社長ショシさんがいた。第一回目から気があった。私が八白で彼は九紫の生れである。


そこでバジュラ(独鈷)とシンキングボールを買った。
このバジュラは17世紀にチベットで作られた鉄製の仏具(神具)である。

これは自己の波動を強化するもので空海聖人が修行の時に使われたものだ。
シンキングボールは、回りの波動を清め高めるものである。

ジョシさんはチベット生れの日本育ちである。
彼とは過去世の関係が深いらしい。彼は日本にも生れている。

人間の出会いとは本当に不可思議なるものだ。
私がバジュラを買った後「これはチベットの高層が使われたバジラ(17世紀)だ」と

彼に語ると、「それなら30万円で売りたい」と言っていた。


このようなバジュラとシンキングボール(こちらは、19世紀のネパール産)が
手に入るということは
「おまえさんは、チベット僧のようにこれから本格的に行にとりくみなさい」と
言われているようだ。
3回目の目的はジョシさんに会うことと、フィナーレを見ることだ。
フィナーレも歌あり踊りで大変よかった。


警備員さんに聞いた。「この1300年祭につき国会委議員の方が
平城京に来られたことがありますか」と聞くと彼はすぐ本部連絡をとった。


その結果、本部もわからないという。
ここからは私の推測であるが来られた方はほんの数人か、
あるいは全くなかったのかどちらかであろう。


かつての平城京は5~6年で作られ、新しい平城京は9年間かかったという。
そこに奈良時代の日本人の技術力の高さがかいま見られる。
とてつもなく広い平城京、その回りに、
当時住んでいた高級官僚の館などがあった。
当時の日本外交は、中国も高句麗も新羅も百済もみんなその国の官僚を招きいれて、
外交にも華をさかせたことであろう。


私の住んでいる隣のお家は、
名古屋から平城京構築のために来られた技師の一人である。
1300年前の平城京建設には多くの人の手が
加わり文化の華をさかせたことであろう。

平安京の跡は、よくわからないので残念であるが、
平城京旧跡を発掘し1300年前の平城京を復元し、
そのお祭りを約300日かけてやられたという意義はまことに大きい。
誰が発想したのであろうか。

このような人が政治をすれば、先読み
(10年、50年、100年後の日本のあるべき姿)がわかるので、
日本国民が誇りを持って安心安全に生活できるよう気づき開くことができる。

この、先読みができる日本のリーダーが、天皇なのである。
だから政治家希望の学生は、まずは天皇とはなにか、
日本民族における天皇の位置を知ることこそ政治を志す人にとっては必要であろう。

どのような思想の持ち主が、政権を取って政治をするならば、
どのような政治になるか、それを今実地に学んでいろのが、
今の我々日本国民なのである。

人間の悲しみの結晶である法律論(戦術)で武装し、
日本の国の歴史、文化が全くわからないか、理解に劣る連中が、
10年後50年後100年後の日本国の戦略をたてることなど、
できはしないのである。