耳成龍神のお話
最近のブログに氏子さん宅の地鎮祭の祭りについて記述した。
その時来られた神々の名を特別に書かせていただいた。
その中に耳成竜神大神の名前が抜けていた。
それを朝の神前行で教えられた。
自宅の神前で朝いつものように行をしている途中、
ふと耳成龍神大神の波動意識が入ってきた。
行を中断してコンタクトをとった。
これは、再度、耳成竜神さんを世に出す第一歩がはじまったということであった。
神前行
現在私が行っている神前行は、ごくごく簡単なもの。
四方の台の上にろうそくを置き、4種類のバジュラとチべタンベル、
シンギングボールと火打ち石、
ある時は刀剣を使っての20分から30分ぐらいの簡単な行法である。
今日は始まってすぐに中断した。
耳成龍神大神は、10数年前から石切りにおられた龍神さんである。
以前は小さい神殿があり、その前にはおおきな池があり、
たくさんの参拝者がこられたらしい。
現在はいろいろな事情により、その社もなく池も潰され、
しかも池の上には新しい大きな建物が建っている。昔の面影は、全くない。
この耳成龍神大神とは、仕事を通じて石切りでご縁ができた。
いろんなエピソードがあった。
龍神大神のほうから私に訴えてきた結論としては、
「今は社もなく池もなく要するに住処を無断で潰されたから、
どこかにお祭りしてほしい」ということであった。これはいけない大変なことだ。
なんとかしなければいけないとの思いで、龍神さんにいろいろと聞いてみた。
「かってに無断で住処(お池)を壊されたのなら、
ひとつそのお家の主人に訴えて病気にするなり、
事故をおこすなり、そうさせて気づかされたらいかがですか。
このままではどうしようもないでしょう。
それによってそのおうちの人も目覚めるのだから、
そうされたらどうでしょうか」と色々問いかけてみた。
その答えは、人間の口を通して私に語りかけてきた。
「いままでたくさんの人を救ってきたからそういうことはできない」
ということだった。
しばらく時がたった。石切りを離れる時がきた。
その時に龍神大神に再度聞いてみた。
「石切りを離れる時期が来ましたので、いろいろと場所を探しましたが、
最終的には私が宮司を務める三十八神社の下に
大きな池がありますからそこに移られますか。
どうでしょうか。
そこなら月に1.2度お祭りをさせて頂きます」
ということで了解を頂いた。
さっそくミタマ移しを修法をした後、
再度三十八神社の池にミタマ移しをさせていただいた。
耳成龍神は奈良の耳成山の名前と同じである。
言霊からいうと耳成とは耳が無いのではなくて耳ありである。
日本語の不思議な活用の一つだ。
ゆえにこの龍神大神は、耳の病に霊験のある龍神さんである。
即ち首から上の人体の波動を調整できる力を
持たれている龍神大神である。
石切りに小さな祠があった時には、いろいろな霊験があったらしい。
朝の行で「龍神さん公開してもいいですか」と聞くと
「その時が来たので公開せよ」と「ウオッ」と言う、
雄たけびをあげられてきたので今回行われた地鎮祭を
機縁として公開することにした。
異次元の存在者の公開は許可がいる。
その許可なくて人間のほうで勝手にやると
命をとられることになりかねないので、
そこらへんあたりは注意を要する。
古い井戸を勝手にうめたり、社を勝手に潰したり、
古い池を勝手に埋めたり、
お山の中に大きな磐座を所有しているもかかわらずお祭りもせず、
ほったらかしにしたり、
その行為によって人間界がいろんな災いを受けることがある。
こういう話は世間にはたくさんある。
だから人間としては、様々な現象から様々なことを
学ぶという姿勢が大切なこととなってくる。
私と龍神さんの付き合いはとてつもなく長い。
大学の時に大法輪という仏教雑誌があった。
ぺらぺらとめくるとある写真を見てはっとした。
その写真は龍神さんの頭の上に載っている観音さんの写真だった。
名前を龍頭観世音菩薩という。
大学を卒業し、学校の教師になったある時期に白光を知った。
世界平和を祈る会である。
入信もしていないのにふと千葉の道場に行きたくなり、
コンタクトをとって道場に行った。
千葉の駅では、道場の人が迎えに来てくれた。
名前は高知さんかな? いやこれは正確でない。
但し彼はその後世界平和の行進もやり、
天皇に関する著書も書いた方であった。
まだ完全にできあがっていない道場にあがり、
五井先生についてのお話をきくことができた。
そこで、斉藤先生という白光会では五井先生につぐ
霊能者の一人ということだったので、
迎えに来られた方に連絡をとってもらった。
そして帰り道、高田の馬場にある斉藤先生の自宅に伺った。
階段をあがり、二階に通された。
人間界に生れ肉体人間としては初めての面談であった。
会うなり先生の第一声はこうだった。
「あなたと私は過去世に縁の行者の弟子であった時代があります。
今のあなたにはそれがわかりませんが、
私があなたの兄弟子でした。よくこられましたね・・・・」
びっくり仰天だった。
過去世のことは少しは理解できていたが面と
向かってゆわれた人に初めてであった。
それから先生はいろいろなことを語ってくれた。
高田の馬場という土地がらの因縁のこととか、
ご自身の修行の話とか、五井先生のこととかである。
6畳あまりの部屋の壁に龍に乗った観音さんの掛け軸があったので、
聞いてみた。
「先生、この龍神さんは龍頭観世音菩薩というんですね。
この写真を大法輪という仏教書で、初めて見たときに、
はっとして異様な感覚にうたれましたが、
私となにか関係があるんでしょうか。」
先生曰く。
「それはあなたの御先祖が強く強く信仰していた観音さんです」
ということだった。
これが40年前の過去の流れの中の一コマである。
なぜそのような御先祖を私が持つに至ったか
という疑問については、今ではよくわかる。
その理由は、
私がスサノヲ系の人間だといういことによるらしい。
御霊の流れと先祖の流れ及び過去世の流れと
この三者の結びつきは、
今追及している課題の一つだ。