「議会開設120年と議会政治展示会・高知、坂本竜馬」
昨年の3月24日京都から徳島、 徳島から高知へ車を飛ばし、
高知にて開催の龍馬祭を見て廻った。
高知駅の正面には臨時に龍馬関係の展示館が作られていた。
3月24日は龍馬が脱藩したその日であり、
彼は坂本家の産土神社である和霊神社に参拝した後、脱藩した。
3月24日が龍馬脱藩の日とは知らなかった。展示館で知った。
龍馬にとって3月24日とは、明治維新成就の第一歩の日と考えることができる。
龍馬の生家の後は今病院となっている。その近くに記念館が2つもある。
記念館では、町田虎一氏がいろんなことを教えてくれた。
坂本家の5、6代前の御先祖は、滋賀県から高知に移られたという。
とすれば、滋賀の坂本家は近江源氏の流れをくむかもしれない。
プラスと-マイナスの相反するエネルギーを1つにまとめて、
明治維新を成し遂げる大きなエネルギーとなった龍馬その人の御先祖には、
かなりの人物がおられたのに違いない。
時間があれば探究すればよい。
第二国会図書館で、「明治立憲制へのあゆみ名士の筆跡をたどって」という展示会があった。
最終日の昨年の12月25日午前中に見に行った。
そこには、坂本龍馬、岩倉具視、木戸孝允、伊藤博文ら
近代国家形成に大きな役割を果たした人物たちの、自筆書簡等11点が紹介されていた。
興味をひいた展示物を書く。
1つは、「新政府綱領八策」と龍馬が陸奥宗光にあてた書簡更に植木枝盛の書かれた
「東洋大日本国々憲案」の3つだった。他にも日本国憲案、第一次草案などがある。
龍馬の文字は、なかなかの達筆であり、角が丸文字に近い。
新政府綱領八策
第一義
天下有名の人材を招致し、顧問に備ふ
第二義
有材の諸侯を撰用し朝廷の官爵を賜ひ、現今有名無実の官を除く
第3義
外国の交際を議定す
第4義
律令を撰し、新に無窮の大典を定む
第5義
上下議政所
第6義
海陸軍局
第7義
親兵
第8義
皇国今日の金銀物価を外国と平均す
但し書き2行あり
慶応丁卯11月 坂本直柔
さっと書いたので、間違っているかもしれないが、
日本国を外国から守り独立国にし、民の安定を願う。
そういう心意気が脈々と、その文字から感じられた。直柔とは、龍馬の事だ。
第2義の中で有名無実の官を除く。 これは今でいえば民主党のマニュフェストの実行である。
この当時も天下りなど有名無実の官・省で働く国家公務員が沢山いたのだろう。
第5義の中、 定義義政所とあるが、今でいう衆議院、参議院ということなのだろうか。
とにかく、英語で書かれた日本国憲法の和訳で国を運営するのではなく、
今後の日本人が自国の文化と伝統を基にして、
作りあげる憲法草案の大事なたたき台がここにある。
そうすれば、龍馬の意思が生かされるであろう。
我々の御先祖が残された「国生み国造り」の原理原則を日本国の国運を
強めるためいかに活用するかは我々の自由であるが。
次に目を引いたのは、「植木枝盛」が書かれた東洋大日本国懸案だ。
この時代に、世界に通用するような憲法草案を書かれた方がおられるとは素晴らしきことである。
この草案は、人々の自由権利の義務と保障を中核に据えている。
又、軍事と外交の総裁として皇帝を位置づけている。
さらに立法権を全国民に属するものとし、
国会中心の政治体制を提案している。
又、地方自治を尊重してアメリカやスイスにならって連邦制国家構想が示されている。
日本人が日本人による日本人のための新しい憲法を創るうえでの1つの指針となるであろう。
坂本龍馬書簡・陸奥宗光宛ての中には、亀山社中がそのまま海援隊となり、
龍馬と陸奥宗光は文久3年に知り合ったという。
陸奥宗光は龍馬と同じ勝海舟の海軍軸に入り、さらに亀山社中・海援隊に加わり、
その所載は、秀でていたらしい。陸奥は、おでこの大変広い、
鼻筋が通り耳が大きい細長い顔をしている。
昨日のTVで菅政権閣僚の賃金カットは5千円であるという。
これでは、消費税10%が無駄になる。
亀山社中の、海援隊の月給、賃金は船長も技士も船のデッキ洗いの船員もすべて同じであるという。
お金に対しても、こういう精神だからこそ、世界に誇れる改革、
革命である江戸城無欠明け渡しが成就したのであろう。
その国を支えた人はである。
左のエネルギーと右のエネルギー、即ち2つの異なるエネルギーを1つにまとめ上げ、
陰でも陽でもなく、さらに陰でも陽でもあり、
その2つのエネルギーを使って大きく前進させる。
そのような命がけで事を成した人物が、江戸末期にはたくさんいたのであろう。
その共通の土台は、日本国家の為に己の命をかけ、
日本を守るという覚悟そのものであろう。まずは、龍馬に見習って、
平成の現今の有名無実の官・省をすべて取り払ったらどうか。
その心は、日本国家そのものと自分の命のつながりをいかに把握しているかにかかっている。
2011年2月16日