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太陽と月と日本

太陽と月を見る行を続けている。

念仏で浄土往生なされた源吉爺さんもこの行をずっと続けていたらしい。
1年前から、他界する日を予言し、葬式には、
モチまきをされたおじいさんならではである。

お念仏の中に、日相観、円月観を取り入れ、
大自然界に感謝の祈りを捧げられたのであろう。

真言密教でも、大自然観の行がみられる。
すべてのものを、仏の命の表れと実感していくのである。
この意味において、神道に大変近い。

今日は、12時40分ごろ太陽が、雲間からお顔を出された。
あちらから出た光は、「剣」インド語では、バジュラ光である。
こちらから出た言霊は、始まりの「あ音」である。
あさ、あまてらしまします、おぎゃー、アイウエオ全て同じである。

1日を開く音、人生を開く音、神社の狛犬の顔、全てが、「あ」で始まり「ん」で閉じる。
真言の阿字観も素晴らしい。人生を開き、人間として、生まれてきた、来させられた、
使命感(ミコトモチ)を、自覚させる行法[科学的]なのである。

言霊は、わかってきたら簡単だ。日本語を使えるなら誰でも解るものだ。
だが、解らねば、これほど難解なものはないといえようか。

言霊でもって次元を開き、交流し、閉じていくことができるのである。
50音で完成している日本語は、素晴らしい宇宙に響き、
宇宙を動かす言の葉であるとも言えようか。
それは、空海上人が語る「声字即実相の世界」でもあろうか。

この世界(お山に1合目から頂上の10合目までがある。
私は、今4合目を登っている途中だ。まだまだ先がある)に、
日本を代表する政治家のみなさんが目覚めれば、言葉に命を懸けることが出来よう。
我々の、御先祖にはそのようなお方が、実にたくさんたくさんおられた。
だから、日本は、中国のように、革命の連続で、国を開いた、そのような、国ではないのである。

花を見て花と語り、月を見て月と語るそういう民族であり、
商業国家ではないのである。
自己の責任をとり、また、他者に非があれば、責任を取らせるため、
自己の腹を切ることが出来る崇高な民族なのである。

その民族の頂点におられるのが、大王王家なのだ。
天皇を頂点に頂き、官僚(大臣もそうだ)は、命を懸けて、ただただ、
「国民の為の国民の政治」を天の王にかわって、
為すという政治(まつりごと)を続けてこられたのが、かっての日本であった。

だから、天皇家は、城壁を巡らし、堀を作るという西洋流のお城には住まず、
少し工夫すれば、その中へ、入れるような、御所に住まわれたのである。
それは、真の国民の代表者であられたからだ。この制度は、すごい智慧によって創られている。

そこに、人間界よりも高く奥深い世界といようか、簡単に言えば、
人間界を作られた宇宙意思の顕われを垣間見ることが出来る。

故に、大王家は、先読みだ出来、月読みが出来、日本国家・地球国家の繁栄と
弥榮実現の設計図を描くことが出来るのであった。
大王家は10合目の言霊が使えるのである。
その智慧により創られた設計図が聖徳太子撰「大成経72巻」である。

だから、天皇を頂く日本が地球平和国家を実現する先頭(政治・経済・技術など等)に
起たなければならない由縁が此処に見られるのである。
我々は、その子孫である。だから日本は、優秀(歴史)かつ勤勉な民族なのである。

太陽に祈り、月に祈り、地球に祈り、自己を、一族を、地域を、
日本を繁栄させる「大いなる智慧」を、山から、海から(龍馬が頂いた智慧は海から。
即ち海龍神・南海の龍神であられた)風から、瀧から、岩から、木々から、
大地から頂こうではありませんか。        

                       2011年1月25日