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春日大社から三十八神社へ

1月30日情報推命学で春日大社と三十八神社を参拝した。
京都駅、朝7時15分集合。64名の集団である。バスの中でK先生が、
半紙3枚に書かれたお言葉をスタッフから頂く。
半紙3枚頂いて、半紙を広げた瞬間その上に青白い光が走った。
以外だった。家では時折、様々な光を見るが、文字を開けて光を見たのはこれが初めてであった。

1枚目 天地の玄気をうけて福寿光無量

2枚目 神火清明 神水清明 神風清明 神心清明 

3枚目 未完の過去を許して神となる。

7時40分過ぎに京都駅を出発し、9時前には春日大社につく。東京からこられる参拝者を待つ。

バスの中から朝日を見ると、たなびく雲の一番外側の方の雲が緑色になっていたので、
みんな、わいわい言いながらシャッターを押した。

赤・ 橙 ・緑の3色に染まるたなびく雲を意識して見たのはこれが初めてだ。
これから何かが始まる前兆なのであろう。
科学的に言うと、太陽光線の7色の色のうち、地球に一番強く働きかける色は
、赤でもなく橙でもない。その色は緑だという。
だから、木々が、回りの自然界が、緑色となる。

京都の山科で神道教室を開いていた時に、太陽をみると緑色に見える女性がおられた。
特殊な感覚を持っていた女性であるが、ミタマの浄化に関してはまだまだである。

30歳から35歳までの5年間は、南朝のミタマ達の浄化行をよくやらされた時期がある。
全国各地あちこちよくまわった。
その時、奈良東吉野・賀名生の学校の上の高台(お山)
にある南朝の重臣・北畠親房のお墓の前でも、よくお祭りをした時期がある。
その時、ご縁で南朝・堀家の人と知り合いとなり、
南北朝時代の日の丸即ち日本における一番古い国旗を見せて頂いた。

その日の丸の色は、白地に赤ではない。白地に赤丸ではなく、緑丸であった。
私は不思議に思った。なんで太陽を緑色に描くのか、描かれたのかと不思議に思った。
昨年から1秒間に一兆回振動し、その光と熱のエネルギーによって、
ガン細胞を消滅させる「テラ鉱石」について学んでいた。
その時に、電磁波研究の科学者がそう語っていた。

情報推命学の一向は、正月は毎年伊勢神宮に参拝されるらしいが、
今年は伊勢神界の言よさしにより、春日大社参拝になったという。
緑の雲がでたことは、向こうサイドからの啓示現象なのである。

全員集合の後、祓い戸神社の前で浄化行をした後、すぐ春日若宮に行き、
そこで参拝行となる。道中にはかわいいメスの鹿が沢山いた。

次に若宮の横のそれぞれの御宮で4班に分かれ、一人一人玉ぐしを捧げて祈願した。
その後、南北朝時代に御醍醐天皇が御鏡を奉斎された金竜神社の参拝となった。
K先生の奥様が神殿正面にて神がかりをされ、直接あるお言葉を出された。

金竜神社は今回で2回目である。1回目参拝は3、4年前、
春日講に関係のある神社の宮司と氏子さん達で参拝した時である。

神社のすぐ下に、後醍醐天皇の碑があった。その碑を取り囲んで石の杭が施されていた。
そこには阿蘇宮司家一統などという南朝に関係の深い神社名が
掘り込まれていたのでびっくり仰天した。
いよいよ、時期到来、日本の国産み、国造りのために、
南朝のミタマ達の働きが活発になるのか・・・・・・。

場面は変わり、春日若宮の横のよこにある三十八所神社の鳥居の道横には、
足跡が鳥居に向かってまず1つ、その一歩後ろに3つあった。
「なんでこんな道に、天気もいい日なのに、足跡がつくのだろう」と思いながら、
近くを歩いた。昨日、先生の奥様に聞くと「三十八所神社に行きたくなり、
率先してそこでお祭りをされた」らしい。

私は、別の班だから、その様子はみていないので、なんともいえない。

60名あまりを4班に分けたのだから、1つの班は約15名、
少なくとも足跡がつくのであれば、30の足跡がつかねばならない。
それが4足とはどういうことであろうか。

後から聞くと、三十八所神社鳥居前の道の一番近くに大きな半紙をおき、
その上に奥様がのられたらしい。
さらにその後ろに同じような大きい半紙をおき、3人がその上にのられたという。

その足跡がくっきり大地についたという。
昨日、奥様から直接伺ったが、情報推命学の神社参拝においては、
大きな半紙の上にのることは毎回だという。
今回大地に足跡がつき、そう言う事は初めてであると。
その話を聞いて私は、何らかのメッセージが次に控える
三十八神社参拝との関係性を強く直感した。それが昨日のこと。
再認識をした。写真があれば、いいのだが。

三十八所神社の前では、一向が4つの足跡を見て、わいわいと言っていた。
私はその時から、加茂の三十八神社とこの足跡はなにか関係があると直感していた。
「これは調べなければ」と思い、三十八所神社の鳥居に向かって、
反対側の道の一番奥に立ち統一にかかると、
鳥居の近くにおられるMさんから声がかかった。

「東さん何してるの・・・」ということでその旨は流れてしまった。
春日本殿と春日若宮と三十八所神社は、
春日の宮司さんしかお祭りの司はできないという。
権宮司はできないという。これは、3殿に限ってである。

この話は、以前直接、大社に務める禰宜さんから伺った事だ。
理由は解らないという。私なりに調べたことがある。
明治の始めまで、春日大社近くの町に大きな阿波神社があり、
明治7年?に火事で本殿と宝物が全て焼かれ喪失したという。
三十八神社は、阿波に関係が深いから、この火事と何か関係がありそうだ。
焼かれた阿波神社の神様は、
今、卒川神社の境内にある。小さな祠となっている。

神ごとはチャンスが二度もない。どんな時も真剣にやらなければならない。
相手の声によって崩れるような統一は、たいしたものではないが、
その時は、周囲が気になった。不思議にもその回答は、
春日大社の参拝がおわり、東大寺を見学した後、ホテルの直会の席でk先生が語られた。

席上では、これから参拝される三十八神社について私が説明し、
かつK先生から春日大社及び
三十八神社参拝の理由について説明が為された。

その中に回答を見た。この文章を書くまで、「足跡の説明」は、
先生の語られたお言葉の中にあるとはおもわなかった。書きながらわかったことである。
直会の席で私が記録した先生言葉の紙を探しまくったが、でてこない。
ここには、お言葉どおりには書けないが、記憶を辿り纏める。

1 .三十八神社とは、たくさんの神々がおられるということ。

2. 天照大御神が岩戸にはいった時、タジカラオの神様、アメノコヤネの神様、
 アメノウズメの神様達の祭りと力により、岩戸が開かれ、
天照の光が世を照らすことになったこと。

3 .岩戸を開けるためには、様々な力がいる。
今回は、三十八神社で東宮司さんが大きな榊を持ってお祓いをされる。
それが1つの働きになりますから・・・・・・

私はびっくりした。普段のお祓いに使う3倍ものおおきな榊の祓い串を、昨日用意し、
すでにバケツの中に榊を入れて鳥居の横に置いていた。
直会の席で先生に語った。「私の身長より長い榊を用意しました」と。
直会が終り三十八神社に出発した。
バスを降り、神社まで1キロの道を歩いて参拝した。
三十八神社の祭りが終わった。6時頃全員バスに帰った。寒かった。

三十八神社に於ける素晴らしかった祭事は、次回掲載します。

2011年2月13日